第六十話 “ 道楽 ” 06-30

もうすぐ7月だというのに肌寒い。

のんびり荷物をまとめ走り出す。
昨日が賑やかだっただけに。
霧雨の降る肌寒い今日がちょっと堪える。

旅をしていると。
天気に気分が左右されている事に気付く。
やはり雨が降る日は気分が乗らないものだ。
楽しい気分には中々なれない。

空と同じく。
どんよりとした気分で51号線を北上。
気が滅入りそうだ。
いや。  滅入る。

そんな時だった。
急に後ろから。  『すごい旅だなぁ~』と声がした。
かと思ったら。
一台の自転車が。
そのまま自分を抜き去って行った。
呆気に取られ呆然と立ち尽くした。

いったい…  あの人は…  謎だ…

しばらくして。  謎はとける。
その人が道路の反対側の道端に自転車を停め休んでいる。
あっ!さっきの人だ!
急にワクワクし、先の信号を渡り。
その人のところへ行ってみた。

『こんにちは!』と。  『おぉあんたか!』とその人。


改めて見てわかった。  チャリダーだった。
『どこから来たんですか!?』
もうこの人に興味津々だ!
『東京だよ!北海道まで行くんだ。』

『えぇっ!』と驚く。  なぜ驚いたか。
それは。
この人=YAMADAさんが。
若者でもなければ、おじさんでもなく。

おじいちゃんだったからだ。


聞けばYAMADAさん。  76歳だと言う。
今日、大洗からフェリーに乗り苫小牧(北海道)へ行くらしい。

これには本当に驚いた。
定年退職した後。
63歳から自転車で旅を始めたらしい。
それから13年間。
毎年少しずつ周りながら。
トータルで日本一周半。

こんな事を言っていた。
『毎回毎回、出発するときは死ぬ覚悟だよ(笑)』
と。
『まぁいつ死んでも後悔はないけどな♪』とも。
YAMADAさんにとって旅とは何なんだろうか。
ふと思ったが聞けなかった。

YAMADAさんと別れ走り出す。
5分後。
あっというまに抜かされる。


その背中を見ていたら。
急に元気になっている自分がいた♪

しかし。  それも長くは続かなかった。
午後になって雨が強まってきた。



雨宿りをしながらボーッとする。
やはりダメだ。  今日はなんだか気が滅入る日だ。
毎回毎回。  雨が降る度にこれではどうしようもない。
と、自分に言って聞かせる。
が、こんな時。  ダメなものはダメらしい。
YAMADAさんに会った以外には特別出会いもなく。
雨宿りの時間だけが無駄に過ぎていく。

気付けば夕方。
突然。  船の汽笛が聞こえる。
あっ!  フェリーだ!
YAMADAさんの顔が頭に浮かんだ。
あそこに行けば会えるかも!
無性にYAMADAさん会いたくなる。
もう一度会って元気をもらいたい!

走り出した。  フェリーターミナル。
平日にも関わらずたくさんの人・車・バイク。
でも探すのは簡単だった。
バイクや自転車は車と別の場所で待たされる事が多い。

ぐるっと見渡す。  あっ!  いたいた!
バイカーの人と楽しそうに話している。



『YAMADAさん!』
『おお!ちょうど今あんたの話をしてたんだよ!』と。
『なっ!これだよこれ!すごいだろう♪』とバイカーの人に一生懸命自分の事を説明し始めた。
自分はそんなYAMADAさんの姿が嬉しくて嬉しくて。
このまま一緒に苫小牧までフェリーに乗って行ってしまいたい気分だった。
搭乗開始までの許される時間の限り一緒にいた。

いや。  いたかった。
こうしてそばにいるだけで元気になれる。
太陽みたいな人だ。
搭乗開始のアナウンスが流れた。
日没だ。
太陽のようなYAMADAさんともお別れだ。
さっき気になった事を聞いてみた。

『YAMADAさんはなんで旅するの?』と。
すると。


『道楽だよ(笑)』と…
失礼ながら…  一瞬拍子抜けしてしまった。
勝手にすごい理由を考えてしまっていたのだ。

だから  その時は理解仕切れずに。
元気だけをもらい握手でお別れした。

別れ際。  『あんたの顔は一生忘れん!』とYAMADAさんが言ってくれた。
心の中で。  『忘れてもらっちゃ困る。』
と思った。
YAMADAさんにはずっと元気でいてもらわないと困るから。

そしてまた。  どこかで。  旅の途中で。

別れた後。  ゆっくり考えた。
YAMADAさんの言う【道楽】
道楽  道を楽しむ  と書いて【道楽】   道=人生   人生を楽しむ。
きっと  そういう事だ。
一日を整理しながら日記を書いていると。
ぼー!ぼー!っと汽笛の音が。


YAMADAさんを乗せたフェリーが北海道へと向かって行った。

では。