第百参十五話  “ 黙想 ” 09-22 & 23

この二日間。
ひたすら雨に打たれ。  能登の街道を走り続けている。

日に日に気温も下がり。



吹き荒れる風雨が自分と向き合う機会を与える。



何故。
自分はこうして走り続けているのだうか。
勿論。
自分が望み出た旅だ。
それはわかっている。
が、他にも何か自分でも気付いていない理由があるのではないか?
と、走りながら考えだしたのだ。

二日間。  ずっと考えていた。
この旅は。  どこと無く。  修行のような気がする。

武者修行。

いや。  無茶修行?

~剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である~
とは、自分が幼少期から青年期に打ち込んでいた剣道の理念だ。
この剣道と、波乗りに意外な共通点がある事に気付いた。

心・技・体
剣道をやっていた時に習った事だ。
三つが一緒になり。  初めて剣が生きると。  
逆に一つでも欠ければ剣は生きない。

波乗りも同じだ。
心の在り方と。  技術と経験。  自然を相手にする為の体力。
武士が刀を持つように。  サーファーは板を持ち。  一本の刀に己の全てを托すように。
一枚のサーフボードと自分自身だけが頼りだ。

眼前に迫り来る波は対峙する相手の切っ先の如く。
じりじりと詰める間合いはパドルのタイミングの如く。
一瞬でも隙を見せれば懐に飛び込まれ。
気迫に圧されれば波に巻かれる。

あぁ!もしかして。
自分は侍なんじゃないか?  と、物思いにふける。

何故こんな事を。  この能登に来てから考えているのか。
それは能登にある地名のせいかも知れない。
同じ苗字の地名が自分のルーツを考えさせ。
その思考が時を越え今の自分の気持ちにシンクロしてきたのだろう。

ふと足を止めた神社で。



旅の安全を祈願した。

そして。  ふぅ~っと息を吐き。  目を閉じる。
明鏡止水。
一点の曇りも無く。  静寂な水面のように。  澄んだ心。
と、こんな悟りは開けないが。  そう在りたいとは思う。

夕方。
峠を越えて行くと。  雲の隙間から晴れ間が見えて来た。

西には夏の名残りを感じさせる雲と太陽が。


東の空には虹が架かかり。


海にはゴジラが…


急に突風が吹き荒れ旗がなびく。
暗雲が周囲を包み雨粒が。  

一瞬でも晴れ間を見てしまうと。
昨日今日と当たり前のように降っていた雨がいやに堪える。

へこたれる根性。
『うん♪宿を探そう♪』  と、必死で宿を探し。  湯殿に入り。  日記を付けながら思うのだ。
まだまだ修行が足りんなぁ…。
と。

こんな時は。  これに限る。

黙想♪

   ZZZ…。

~波乗りは波の理法の修練による、人間形成の道である…むにゃむにゃ…~

はっ!

ではまた!


*声をかけて下さったKさんありがとうございました!