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キャンプ場を後にした直後から。 雨足は徐々に強まり出した。 大通りに出て。 浦内川行きのバスに乗る頃には。 いよいよ本降りといった感じだ。 ともあれバスに乗る。 |
浦内川の停留所でバスを降りる。 乗客は常に二人だけだった。 降り際に。 運転手さんが、『これで(この雨で)本当にいくの?』と心配してくれた。 正直。 自分にも行くべきなのかかどうなのかはわからなかった。 海のコンディションを判断することが出来ても。 山に関する経験が浅い自分にはその判断はつかないのだ。 船着き場に到着した。 |
この天候では他の乗客の方も少ない。 降りしきる雨と唸りをあげる強風が。 入山への第一関門となる。 ここで弱気になっているようでは。 とてもとても。 マヤグスクの滝にはたどり着けない。 まさに自然に弄ばれるままに。 根性試しを受けているような気分だった。 バディが世界を旅したTAKAさんでなければ、『自分は引き返そう』と言っていたかもしれない。 決して。 自然や山を甘く見ているつもりはない。 これまでも自然に翻弄され。 無力な自分と幾度となく向き合って来た。 ある意味。 この旅最後の試練を与えられた気がした。 船着き場に着くと。 雨が弱まった。 日本一天気予報のあてにならない地域の八重山諸島である。 昨日の予報で今日は曇り時々晴れだった。 今日になり予報は曇り時々雨になった。 こんな時ばかりは天気予報よ外れてくれ!と、願うばかりだ。 船の出航時刻になった。 これから約30程かけて。 上流の軍艦岩と名前のついた船着き場に向かう。 HONDAの船外機が唸りをあげて川を遡っていく。 |
何度も蛇行する川の両岸には。 |
マングローブが生い茂っている。 もし今が。 単なる観光遊覧であるならば。 普段、目にする機会の少ないマングローブ林にキョロキョロしながら楽しむことも出来ただろう。 しかし。 今はマングローブの根が足に見え。 今にも歩き出して襲ってきそうにさえ見える。 |
そんな不安と恐怖心を胸に抱きながら船は進んでいく。 上流の桟橋に着くと。 再び雨は強まってきた。 いや。 前にも増して激しく降っている。 船長さんに。 明日の14時30分に船を向かえに出してもらうように頼み。 いよいよ山への入口へ降りたったのだ。 歩き出して数分。 タープが張られた休憩所があり。 まずはそこで雨宿りをしながら様子を見る事にした。 |
降りしきる雨がバシバシとタープを叩き。 伝い落ちてくる雨水が滝のようだ。 5分 10分 15分。 二人無言の時間が過ぎて行く。 雨足が弱まる事を期待したが。 一向にその気配はない。 ふと。 目があった瞬間に。 『行きますか?』となった。 自分もじっとしているのが辛かったので進む事を選択した。 ただ。 二人で決め事をした。 『無理だと判断したらすぐに引き返そう。』 と。 再び出発した自分達は。 ぬかるむ足元に気を使いながら。 |
熱帯ジャングルの中を進んでいく。 |
ゆっくり。 しかしながら確実に歩を進めた。 しばらく進むと。 遠くにゴーっと滝の音が聞こえて来た。 きっとマリュドゥの滝の音だ。 滝の手前に展望台があったので立ち寄ってみる事にした。 階段を登り。 東屋になっている展望台の。 その先の景色に思わず叫んだ。 なんと叫んだかは記憶にない。 おぉ!とか。 わぁ!とか。 言ったと思う。 水飛沫をあげながら。 轟音と共に。 まるで生き物のように真下に向かう白い力。 それが。 第一の滝。 マリュドゥの滝だった。 |
二人で話し合った。 当初の予定では。 ここから90分~120分行った第二山小屋跡地でキャンプする予定だったが。 今日はこの展望台でビバークすることにした。 ビバークとは。 山登り等で緊急的に野営することだ。 しかし。 今回の場合は。 フォーキャスト・ビバークだ。 体力や気力が奪われる前に先を見越して踏み留まる。 と、まぁそんなところだ。 ここでキャンプを張る事は。 幾つかの利点と。 欠点がある。 利点は。 この土砂降りの雨をかわせること。 そして。 滝を見ながら水量の判断ができる事。 先に書いたが。 マヤグスクの滝に向かう際。 川を渡らなくてはならない。 可能限界水位はすねだ。 もちろん自分達にはこの滝の水量と、渡る川の水量との関係はわからないが。 今目の前にしている滝が水量を増している事はわかる。 ひとつの判断材料だ。 そして。 欠点はと言えば。 もし明日。 この先に進める事になったとした場合。 あまりにも時間がタイトになることだ。 しかし。 その欠点を考慮しても。 今日はここでビバークするべきだとの結論に至った。 それほど。 今の天候が悪いのだ。 木々を揺らす強い風。 大粒の雨は。 自分達を濡らすだけでなく。 足場を悪くしていく。 今日。 無理に進み怪我でもしたらマヤグスクの滝への道は完全に断たれる。 濡れた体に。 強い北風は少し酷だった。 体温が奪われて行く。 早めにテントを設営する事にした。 テントを張り終え。 |
濡れた衣類を干す。 贅沢かとは思ったが。 ホットコーヒーの魅力には敵わなかった。 お湯を沸かし。 |
熱~いコーヒーを喉に流し込む。 ホッ♪ 今度は安心したのか。 どこからともなく。 グゥ~♪と虫の鳴き声がした。 少し早いが。 お昼も食べていなかったので。 昼夜ご飯にカップ麺を食べる事にした。 |
雨は少し弱まって来たが。 まだ止みはしない。 滝の轟音は力強くなるばかり。 明日マヤグスクまで行けるだろうか。 そんな不安と共に日も暮れあたりは徐々に暗くなって行った。 |
続く~ |
日が暮れると。 雨はやんだが。 空は相変わらず厚い雲に覆われているようだ。 月明かりさえない山中は本当に真っ暗闇だった。 ろうそくのランタンを取り出す。 |
オレンジの暖かくふんわりとした明かりが心を和ます。 |
晴れ間の見えた夜空に安心し。 再び深い眠りに落ちてしまったようだった。 目覚ましの電子音が文明社会から隔絶された山中に響き渡った。 眠い目を擦りながら。 昨日の夜の月は夢だったのかとうなのかと半信半疑に成りつつ。 晴れていて!と願うような気持ちでテントから這い出した。 |
♪ 雲は多少ある。 が。 これは晴れだ♪ 東の空がほんのりと色づいてきた。 こうして今朝。 朝日を見る事ができるとは思ってもいなかった。 |
自分はマリュドゥの滝と朝日に。 思わず手を合わした。 二人共無口で。 しかし口元は緩みっぱなしで荷物をパッキングし。 足取り軽く。 マヤグスクの滝を目指し出発したのだった。 |
続く~ |
雨上がりのジャングルは昨夜の寒さが嘘のように蒸し暑つかった。 粘土質の地層は水を吸い込みぐちゃぐちゃとしている。 |
所々にはまだ水溜まりが残っていた。 |
しかし。 |
しかし。ここでのんびりはしていられない。 |
しかもこの時期は滅多に人も入らない為。 獣道のような心細い道が延々と続くのだ。 ロープづたいに川を渡ったり。 |
倒木の橋を渡ったり。 |
生い茂る草木がゆくてを阻もうとしてきたり。 |
第二山小屋跡地の少し手前だったと思う。 "秘境入口"と看板でもぶら下がっていそうな岩の門を通った直後だった。 |
川幅1㍍位だっただろうか。 それでも。 |
見たところ。 位はすねあるかないかの。 ぎりぎりのラインだった。 昨日の雨で増水していると思っていたので。 これは嬉しい誤算でもあった。 マヤグスクまで行ける! と。 二人で杖になる棒を探し。 川の一番浅い部分を慎重に慎重に進んで行った。 |
無事にイタチキ川の右岸に渡った自分達は。 この後川沿いに進みマヤグスクの滝を目指す事になる。 |
川が浅ければそのまま進み。 深い場合は岸にあがり、時に崖っぷちを歩き上流へ向かって行く。 |
何度も何度もヒヤヒヤするような場所を歩き続け。 精神的にも。 そしてリミットの時間的にもギリギリの時だった。 木々の隙間から。 滝の轟音と共に白い壁のようなものが見えて来た。 さっきまで慎重に慎重に歩いていたのにも関わらず。 そんな事さえ忘れて早歩きになってしまう自分。 そして。 昨日船着き場に下りてから実に24時間が経とうとしていた時だった。 ついに。 ついにマヤグスクの滝が眼前に姿を現したのだ。 |
渡川ギリギリだった水量は。 山猫の城をより強固に。 そして秀麗に見せてくれていた。 城からは水飛沫が雨のように降り注ぎ。 それはまるで。 人を寄せ付けないオーラのようだった。 |
ゆっくりとこの滝を眺めながら昼食でまも取りたかったが。 ぬかるんだ道と滑り易い岩肌。 道を遮る倒木などで。 朝出発してからすでに3時間が経過していた。 昨日の内に移動した分も合わせれば。 ストレートで行って帰りは3時間半はかかる計算だ。 出来るだけ長く滝を眺めていたかった二人だが。 帰りの船に間に合うように帰路を目指し再び歩き出したのだった。 続く~ |
生還とは大それたタイトルだ。 と、思われるかもしない。 しかし。 自分にとって。 ここから先の数時間は。 生と死の間にいるような。 極限の状況だったとだけ先に記しておこうと思う。 マヤグスクの滝を何度も振り返りながら。 今度は時間に追われながら下山する事になった。 船の出発まで残り3時間20分程だ。 イタチキ川を浦内川の合流地点まで引き返す。 ここまでは簡単な道のりだ。 川沿いに進めばいい。 浦内川の右岸を少し下り始めた頃だった。 やけに道が険しいのである。 草木を掻き分けながら川沿いを進んで行く。 あれ? という小さな不安がみるみる内に大きくなって行くのが手に取るようにわかった。 それはTAKAさんも同じだった。 ピタッと二人同時に足が止まった。 『外れたね…』とTAKAさんが静かに言った。 続けて『さっきの目印の場所まで一回戻ろう』と。 道を見失ったのだ。 何とか目印のリボンまで戻ったのだが。 それでも道がわからないのだ。 左は川。 右は山。 正面は今間違えた道。 行きに通った道が忽然と姿を消してしまったかのようだった。 表向きは二人とも冷静に対処しているが。 実際のところはかなり焦っていた。 何度か行ったり来たりしながらも。 道はまだ見つからない。 いよいよ不安が口から出そうになった時だった。 右の急斜面の山に。 人が通った道らしき場所があった。 その道らしきものを目で追って行くとわずかに赤いテープが視界に入った。 目印だ! ちょっとした心理的作用だった。 自分達は山を降りて船着き場に戻る。 しかし実際は行きにも下りはあったし小さいアップダウンはあったのだ。 下山。 それに捕われすぎ上に登るという事を勝手に選択肢から除外していたのだ。 ともあれ。 ようやく取り戻したルートにひと安心もつかの間。 あれ? これはどっちだ…? そんな場面に何度か遭遇する度に生きた心地がしなかった。 第二山小屋跡地を通り一安心した。 この先は比較的険しいがわかりやすい道だったからだ。 トカゲが木の幹の色に合わせて色を変化させている。 いや。 色を変化させているということはカメレオンなのかもしれない。 |
昨日から事あるごとに撮り続けていた写真は。 |
左足が見た事もない程膨れ上がっていた。 一瞬。 骨折? と最悪のシナリオが頭に過ぎったが。 山岳経験のスペシャリストであるキャンプ場の管理人さんの見立てでは"ひどい打ち身"だった。 数時間後。 少し休んだ所。 何とか杖無しで歩けるようにはなったが。 サーフィンや自転車は少しお預けになりそうだった。 そして。 膝の曲がらない自分には。 和式トイレしかないこのキャンプ場が究極の修羅場だったとだけ最後に書いておこう… ではまた! *今現在、相変わらず膝は曲げ切れませんがゆっくりなら歩けるまでに回復しました。 サーフィンはしばらくお預けになりそうですが。 日本という国の最果てまで何とか自力で旅を続けようと思います。 心配をして下さった皆さんありがとうございました。 |
昨日キャンプ場に戻ってからもTAKAさんにはさんざんお世話になりっぱなしだった。 女性がブランド物や限定ものに目が無いのならば。 |
西表島を出発した船は鳩間島を経由し。 |
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また一人になるのかと思ったら一瞬寂しくもなったが。 この出会いが与えてくれた様々な出来事が心に残っている事に気付き。 寂しさは感謝へと変わった。 バスの出発時刻になった。 命の恩人でもあるTAKAさんと最後に握手した。 |
昨日、山中で手を差し延べてくれた時のような力強さは無かったが。 自分より小さいはずのその手がやけに大きく感じた。 これが世界を旅した人の手なんだと。 バスに乗り込んでいくTAKAさんの後ろ姿を見て思った。 |
『TAKAさん…荷物…ひっかかってますよ…』と。 バックパックの大きさはきっとその人の夢の大きさなんだろう。 自分もいつか。 バックパックに夢を詰めて。 世界を旅してみたい。 と。 そう思った。 ではまた! |
話を少し遡る事になるが。 沖縄本島のシーナサーフにゴールし。 その夜、先島諸島行き手書きチケットをBOSSから頂いた。 *自転車日本一周波乗り旅日記202日目参照 その数日後だった。 やなっちへと書かれた一見怪しげな手紙がシーナサーフに届いた。 恐る恐る開封してみると。 差出人は。 BALI HIGHのYさんからだった。 『~伊良湖の兄として日本最南端の波照間島行きのチケットをプレゼントします。沖縄の弟 やなっちへ~』 と、その手紙には書かれていた。 そして石垣島⇔波照間島と書かれたチケットが同封されていた。 しかも矢印は往復で♪ |
昨日は沖縄知事選の前日と言うこともあり。 730交差点では最後の演説に地元の支持者が大きな声援を送っていた。 |
その様子を遠くから見ていた若い観光客さんが。 『なに?テロ?』と言っていたのを聞き。 足の痛みも吹き飛んだ。 それを言うなら。 百歩譲っても。 デモじゃないだろうかと… まぁそれはいい。 この時期の波照間航路は揺れる所かしょっちゅう欠航するらしい。 この旅の目的を絞った自分には落ち着かない状況だった。 波照間と与那国島に行けるだろうかと。 欠航で滞在が伸びれば伸びるほど。 野宿の出来ないこの旅は。 金銭的体力を奪っていくのだ。 あてにならない天気予報を食い入るように見てみると。 日曜日、月曜日と何とか行けそうな海況だ。 そうとなれば迷う事は無かった。 明日、波照間島に行こう! と。 そして今日。 朝1番の波照間島行きの船に飛び乗った。 乗客はたったの5人。 そして海は驚くほど穏やかだった。 |
果てのうるま(珊瑚礁) はてうるま はてるま(波照間) と、なったらしい。 そんな日本最南端の島に降り立った。 |
足の負担を減らすためにサーフボードは石垣の宿に置いてこようかとも思ったが。 自転車とハコブンダー無き今。 一緒に日本中を旅した相棒はサーフボードだけだ。 そんな友人を置いてきぼりにはできなかった。 島に着くと慣れるまで方向感覚を失うが。 この島に関しては簡単だった。 南へ。 目指すは最南端だ。 地図を見る限り目測で片道約6㌔といった所だ。 コンパスの針がSの方向にゆっくりと歩き始めた。 |
波照間の風と時の流れは今の自分にぴったりとシンクロしていた。 島の道路は普通車よりトラクターがメインのようだ。 |
時折、小気味よく聞こえてくるトラクターのエンジン音もまた今の自分には調度良いテンポのメトロノームのようだった。 島の真ん中に立つ灯台を過ぎると海が見えて来た。 観光で来ている方がレンタルサイクルで気持ち良さそうに。 さとうきび畑を真っ直ぐに伸びる道を。 風を受けながら気持ち良さそうに下って行くのを。 |
どこか懐かしい思いを感じながら眺めていた。 出発前に携帯に仕込んでおいた琉球民謡をそのまま流し。 |
灯台から下った道を右に曲がった。 そこから坂を上がると。 星観測所が見えて来た。 |
波照間島と言えば南十字星サザンクロスが見える事で有名だ。 が、今は時期ではないらしい。 視界が開けその先を見渡すと。 遠くに大きな碑がたっているのが見えてきた。 あっ! 最南端はもうすぐそこだ。 実はもともとそんなには日本の東西南北にはこだわっていなかった。 |
そよ風に乗った琉球民謡のテンポに合わせて。 自分でも驚いた。 最南端の碑までたどり着いた時。 喜びと。 それを上回る達成感がそこにあったからだ。 |
ここまで来たんだ。 自分の足で。 生まれ育った日本という国の南の果ての果てに。 大きく息を吸い。 両手を広げ。 全身で季節外れの南風を体に受けた。 空さえ飛べそうな気がした。 |
このスカイブルーの空を飛び。 旅で出会った人達に。 今のこの気持ちを伝えに行きたい。 と、そう思った。 以前。 たましろ荘。 |
さすがにこの時期だ。 今日の宿泊者は自分一人だった。 宿のおじちゃんが。 |
ボリューム満点の食事はお腹を満たし。 島で星空を見ることは出来なかったが。 ではまた! *BALI HIGH Yさん! 素敵なプレゼントありがとうございました! |
さて。 大きな期待と不安を抱えていた。 日本の最西端の地。 船会社の福山海運さんに問い合わせてみた。 たまたま船室が一緒になった千葉のバイカーさんが。 日本三大ゲ●船。 そして今日の石垣島に戻る船も。 明日はそんないわく付のフェリーに4時間半も乗らなくてはならないのだ。 どうか。 はたして。 ではまた・・・。 |
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波照間島には。 石垣島に戻る船の出港時間までまだまだ余裕がある。 |
上は半袖。 意外と島の集落の中は入り組んでいるので。 |
しばらく進むと。 |
足は完全ではないが。 |
ビーチに着くと。 |
太陽が雲に隠れたり。 |
しかも。 |
ついつい。 |
太陽がこの大海原を金色に染めている。 |
フェリー与那国の発着する港に向かう。 昨日の雨がまだ路面を濡らしてはいたが、乾くのは時間の問題といった所だ。 チケット売り場に着き乗船名簿に名前を書く。 そのままチケットを購入し、まだだいぶ早いがフェリーに乗り込んだ。 |
今までの経験をもとに船の後方中央の寝台席に荷物を降ろした。 さりげなく各所に置かれている洗面器が自分を少しだけ緊張させた。 |
時間を持て余した自分はデッキに出て贅沢過ぎる青空を眺めていた。 特に何をする訳でも無く。 船の中をうろうろしていた。 自分はこんな時間が堪らなく好きでもある。 エンジン音が一段階強くなった。 マフラー?煙突?からボワっと黒煙が上がり。 陸と海を繋いでいたロープが解き放たれた。 |
いよいよだ。 そんな高鳴る気持ちと無造作に置かれた洗面器から伝わってくる緊張感に全身が支配された。 |
サラサラサラっと船が刻む白波は心地好く。 吹き抜けるそよ風もまた心地好かった。 どうやら海の神様は自分のささやかな願いを心良く受け入れてくれたようだ。 今日の海は驚くほど静かで優しかった。 |
最上部のデッキに出た自分はいつしか眠りにと誘われていた。 ふと目覚めると、左手に西表島が見えた。 自分の顔は思わずにやけた。 たくさんの思い出が出来た亜熱帯の島。 そこに住む人と手付かずの大自然。 そして出会えた人達の笑顔が頭に浮かんだ。 海風はやや強くなってはいたが相変わらず海は凪いでいた。 西表島を過ぎた頃から多少揺れはしたが、以前の苦い記憶に比べればゆりかごのようなものだった。 航海も4時間くらいたった頃だった。 風が肌寒かった自分は寝台に寝そべっていた。 ふと、外の空気が恋しくなり後部デッキに出た。 それと同時に自分の目に島が写った。 その島は突然海から岩盤が隆起して出来た島なのか、垂直の断崖絶壁に回りを囲まれていた。 |
この島が与那国島だ。 東京から二千数百㌔ 那覇からでさえ五百㌔以上離れている。 半面。 台湾までは僅か111㌔しか離れていないのだ。 国境の島とどこかで見たパンフレットに書かれていた。 国境か… 船が取り舵いっぱい!といった感じで港の方へ船首を向けた。 到着した港は、島の大きさに不釣り合いな程簡素だった。 |
まずは今日の宿を探す。 素泊まりOKの民宿があったので電話で予約をした。 電話に出てくれたおばちゃんの声が優しかったのでなんだか安心した。 さて。 ここから最西端を目指して歩くのだが。 実は自分が降り立った港からそこまではすごく近い。 怪我をした翌日翌々日と。 足の状態はみるみる回復したが。 その後からは一定の状態が続いている。 なので目指す場所が島の反対側とかじゃなくてよかったという気持ちも少なからずあった。 サーフボードを脇に抱えバックパックを背中に乗せて太陽が傾く方向へと歩き始めた。 さっきまで船を揺らしていた北風が今度はサーフボードを舞上げようと吹きつけてくる。 |
それを必死で堪えながらゆっくりゆっくりと一歩ずつ足を前に進めていった。 |
短かくて急な坂道を上がると。 目的のその場所へたどり着いた。 |
が、自分の意識はその先に見える開けた場所に向かっていた。 |
太陽がこの大海原を金色に染めている。 自分には見えた気がした。 この先にあるものが。 それがなんなのか。 それはわからない。 でも。 自分の気持ちは日本国最西端の碑を。 遥かかなたまで通り越していた。 ここがこの旅の最終地点である事は間違い無かった。 それを今の自分の気持ちがそっと教えてくれていた。 それは何かと言えば。 次の夢が出来たからだ。 今こうしてこの場に立ち。 この先にある。 世界というものが。 こんなに近くに感じられたのは初めてだった。 いつか。 行く。 この先に広がる世界に。 |
と、そう心に誓った。 そして。 その時。 必ず。 また会えるだろう。 自分の中にある。 旅する心に。 それまでの間… 旅ともお別れだ。 陽が勢いよく最西端の碑の先に傾いて行く。 旅の最後に夕陽を見ようと決めていた。 一度は雲に隠れてしまった白く輝く太陽が。 |
雲の下から真っ赤に染まって現れた。 |
それは。 この先にある世界に沈むからだ。 今自分が見ている夕日が地球のどこかで朝日になって降り注ぐ。 人との出会い巡り合わせと同じように。 縁は円となり繋がっていく。 ゴールは新たなスタートラインとなり。 ずっとずっと続いていくだろう。 |
ここまでの7ヶ月間。 この旅日記と一緒に旅をしてくださった皆さんもまた。 今日という日に。 一緒にそれぞれの。 何かのゴールを向かえていただければとても嬉しいです。 一人一人の。 新たなオリジナルのスタートラインに着くために。 そして。 自分の旅に色とりどりの思い出を与えて下さった。 旅で出会えたたくさんの皆さん。 本当にありがとうございました。 皆さんあってのこの旅でした。 出会えた人の誰か一人でも欠けていたら。 この旅とは全く違う旅となっていたでしょう。 "自転車日本一周サーフィンの旅"を最高のものにしてくださった皆さんに心より感謝します。 |
一期一会 一波一会 合掌 |