第百五十五話  “ タヌキ寝入り ” 10-15

昨晩。
ルート上に道の駅が無いので。  山の麓にある公園に日没ギリギリ滑り込んだ。

回りには何も無い。
街灯も無く。  あるのは自動販売機のみ。
しかしながら。  公園は立派なもので。
閉館していて中には入れなかったが。
(たぶん)管理事務所や売店等を兼ね備えた施設に。
広い敷地内には。  コスモスが咲き乱れ。   休日ともなれば大勢の人で込み合うようだ。

そんな公園の入門ゲート脇にある屋根付きベンチが今日の寝床だ。

19時頃だっただろうか。
ベンチに腰掛け。   日記を書いていると。
道端に停めた車から降りて来た人に。   突然、懐中電灯で顔を照らされた。

ちょうど。   この日の夕方。 
スピード違反の取り締まりに捕まる訳もない速度だが。



検問中のお巡りさんに捕まった(笑)

『いいなぁ~俺も時間があったらやりたいよ(笑)』
とか。
『これはすごいなぁ(笑)』
と、ハコブンダーに興味津々なお巡りさんもいた。
結局。
あれこれ立ち話しをしただけで解放された。

検問所から出発しようと自転車にまたがった時。
『最近はこの辺りも物騒だから、気をつけてな!』と。
そんな事があったので。
また。   警察?職務質問?と思ったら。
公園を管理する警備会社のおじさんだった。

『旅してるのか?どっから来た?』
『~かくかくしかじか~です。』
『そうか。何でもやるなら若い内だなぁ~』と。

それからしばらくおじさんと話しをしていた。
『夜中にもう一度見回りに来るけど、まぁ大丈夫だとは思うけど気をつけてな!』と。
そうして警備員のおじさんは見回りを終え帰って行った。

21時過ぎだっただろうか。
日記を書き終えた後。  いつものように。  寝床を作る。

先日。
二人を驚かせてしまった、忍法木の葉隠れの術だ♪
自転車とハコブンダー、簡易シェルター事シートを被せる。

*参考画像


これで少々の雨と風と寒さを凌げる。

ガサガサとシートの下に潜り込み。  寝袋にすっぽり収まった。
それから数時間後。
この忍術が。
とんでもない事態を引き起こす事になるとは。  これっぽっちも思ってもいなかった。

久しぶりに人気の全くない場所での野宿。
車さえも通らない。  ちょっと怖い…(笑)
遠くから聞こえる犬の遠吠えが。
だんだん近づいて来ているような錯覚に襲われる。

たまに吹く北よりの風に。  落ち葉がもてあそばれて。
ガサガサ♪
ガサガサッ♪
と。

その度に野良犬でも来たらどうしよう…。  と、いつに無く弱気…。
あぁ!!もうっ!早く寝よう!
寝てしまえばそんな臆病風も関係ない。

ぎゅぅ~っ♪と瞼を閉じる。
………数分後。  ワンワン♪ワォォ~ん♪   …。 ぱっちり♪

寝れない。

こんな時に限って眠れない。
普段ならとっくに爆睡している時間だ。

しかし。
そんな事を何度か繰り返している内に。  いつの間にか寝ていたらしい。
これが事件発生の4時間程前の出来事だ。

朝4時頃。
ダッダッダッダッ!!
数人の勢い良く走る足音で目が覚めた。

なになに!?何事?
シートの下の寝床の中に緊張が走る。
様子を伺う。

『現場到着しました!』
どこかの誰かと無線でやり取りしている。
さらに。
後から到着した車から複数の人が駆け付けてくる。
回りに散って周囲を固めろ!!
みたいな専門用語が飛び交う。

えっ?  包囲?  完全包囲?
もう何がなんだかわからない。
完全に周囲から気配を消しているこのシートの下で。
じっと。
息を潜めるしかなかった。

『侵入経路確認しました!ガラスが割られてます!』
『まだ中にいそうか!?』
『わかりません!ただ出口は塞ぎました!』

だんだん状況が読めて来た。
どうやら。
公園の管理事務所に泥棒が入ったようだ。
きっと警報機が作動して警察が駆け付けて来たんだろう。

『中にはもういなそうです!』
『じゃあ数人待機で他は周囲を確認!』
『ところで!誰かここまで来る間に車かバイクにすれ違ったか?』
すでに10人位になっている警察官。
『いえ!すれ違ってません。』
『じゃあ自転車だな!その辺りに自転車かくして隠れてるかも知れないから周辺捜索!』

状況を理解してホッとしたのもつかの間。  自分の置かれた状況を良く考えてみた。

…。  ヤバい…。  ヤバ過ぎる。  この状況下で。  ・・・自分は。

超不審人物!!!

犯人が侵入しようとガラスを割った場所から数メートル。
そこに犯人が移動手段に使用したと思われる自転車と一緒にシートを被って寝ている自分。

あぁぁ…終わった。

どうせすぐに見つかり。  警察署へ連行。
苛酷な取り調べに耐え切れず。  かつ丼の誘惑に負け。
嘘の自白をし…。

あぁぁ…。
これで日本一周サーフィンの旅も…終わった…
そんな事が頭をぐるぐると。
しかし。
本当の試練はここからだった。
どういう訳か。
大捜索網が敷かれる中。
現場の目と鼻の先で寝ている自分に誰も気付かない。

じっと発見されるのを待ち。
何事もなかったように寝ていた振りをしよう。
と、決めてから数十分。  ・・・ 一向に発見される気配がない。

迷った。
ガサガサっ♪と。
たった今起きたかのように。  シートの下からおもむろに這い出して。
『何かあったんですか?』と聞いて見ようか?
いやいや。
それは余りにも白々し過ぎる。
やはり。
寝ていた事にして発見された時に起きた事にしよう。
その方が自然だ。

てか。
なんでやってもいない犯罪に対してこんなに言い訳じみた事ばかり考えてるんだ?
これじゃあ。
まるで本当の犯人のようじゃないか…。

現場には鑑識チームも到着したようだ。
周辺の捜索は終息モード。
こうなると。
完全にシートの下から這い出すタイミングは無い。
開き直った自分は完全にタヌキ寝入りを決め込んだ。

タヌキ寝入り。  ・・・久々だ。

まだ自分が相当若かった頃。
夏休みの間、伊豆のリゾート地にバイトに行った友人を訪ねた時だった。
遊びに行く事はその友人には内緒だ。
しばらく彼に会っていない友人の彼女を連れて。
ちょっとしたサプライズ的感覚で♪  サーフトリップがてら遊びに行く事にした。

突然、友人のバイト先の海の家に顔を出すと。
脚本通りのリアクションで自分達を喜ばせてくれた。
そして。
その日の夕方だった。
友人のバイトが終わるまでの間。
バイト期間中滞在している寮にお邪魔して。  まったりとした時間を過ごしていた。

その時。
彼の彼女が。
と、あるものを部屋から発見した事により。
楽しい夏のサーフトリップが悪夢へと変わった。

部屋に指輪が転がっていたのだ。   女性物の…。

友人が帰るのを待つ間。
彼の彼女になんと声をかけていいものか…。
重たい空気がその場を包んだ。

いつしか。
早朝からの車の運転と夏の暑さそしてサーフィンでクタクタになった自分はウトウトとし始めていた。
しかしまだ完全には寝ていなかった。

そんな時にバイトを終え帰って来た友人。
それに気付きはしたが、この状況下だ。
浮気の決定的証拠とも言える指輪という物証を手にした彼女。
そんな状況とは何も知らずに笑顔で帰って来た友人。

シュラバ。

そう。
当然そこは。  修羅場になった。

うつらうつらとしていた目はぱっちり♪
しかし起き上がる事も出来ず。  横に体を伏せたまま。  タヌキ寝入りを…

その時以来だ。
しかも今回の状況は以前にも増して深刻だ。
ちなみに。
その指輪は友人がビーチで拾った物と判明し。
それから10年後。  一昨年の秋。  二人はめでたく結婚した♪

さて。
身動き一つとれない中。
自分が寝ている真後ろのベンチに腰をかけて話しをしている警察官。

残酷な構図だ。
やってもいない犯罪のせいで有り得ない状況に置かれ。
犯人以上に切迫した心理状態が一時間近く続いている。

そんな時だった。
一人の人の発言により。
全警察官の注目がベンチの横のシートに集まった。

『昨日からおる子がそこで寝てるで。』と。

警察官が手に持つライトが一斉にこちらに向いた。

きっ!来たぁぁ!  ついにその時が来た。
待ちに待った?その時が。
『すいませ~ん、警察です、ちょっといいですか?』
この一言により。
長い間閉ざされていたシートがめくられた。
しかし開放の喜びに浸るのはまだ早い。
不審極まりない人物の自分は。  この状況を説明仕切れるだろうか。

いや。
タヌキ寝入りをした以外。  やましい事は何もない。
堂々としようではないか。
そう思い。
しっかりと。  刑事さんの目を見て。  はきはきと質問に答えた。

しかし。
予想外に疑いを掛けられている感がない。
ふと、警察官の中に混じっていた顔に目が止まる。
『あっ!おじさん!』とは、さっき会った警備員なおじさんだ。
どうやら。
事件発生で現場に呼ばれたようだ。
そして警察官に自分の事を話したようだ。

『彼はそこにずっといたから、もしかして何か物音でも聞いたかもしれないですよ。』と。
刑事さんや警察官の方も。
まさかここに自分が寝ていたとは思ってもいなかったようだ。

プロの目でさえ気付かない木の葉隠れの術って…。

たぶん普通のテントを張っていればこんな状況にはならなかった。
でも。
もしかしたら。
普通のテントだったら犯人にバレバレで。  思わぬ危害を加えられていたかもしれないし…。
結局よかったのか悪かったのか…。  それはわからないままだ。

免許証をみせ。
鑑識の方に靴の裏を見せると完全に容疑は晴れたようだ。
『ガラスの割れる音とか聞かなかった?』と聞かれたが。
全く記憶にない。
その後に鳴り響いたらしい警報機の音にさえ気づいていない。

結局。
なぜか和やかムードのまま身柄を開放された。

警察の方が帰った後。  警備員のおじさんとまた話し込んだ。



出発するにはまだ暗すぎる。
明るくなるまであれこれ話した。

毎年。
コスモス祭りが終わると。  泥棒が入るらしい。

だいぶ明るくなり。  おじさんにお礼を言い。  出発した。
すぐにおじさんは後ろから車で追い抜いていったが。
自分の前をゆっくりゆっくり走ってくれた。



国道に出るまで先導してくれるようだ。
なんだか。
そのちょっとした優しさがすごく嬉しかった。

最後の分かれ道に差し掛かると。
車から降りて待っていてくれるおじさん。



『まぁもう一生会わんだろうが、元気でな!』と。
そう言って見送ってくれた。

自分は。
『おじさんありがとう!またね!』と言って日が登り出した道を南に下り。
下関を目指して行った。

今朝はそんな朝だった。

ではまた!